大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)283号 判決

上告人

清水利一

右訴訟代理人

宅島康二

被上告人

大阪市

右代表者市長

大島靖

右指定代理人

比嘉昇

外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宅島康二の上告理由について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 上島養親男は、被上告人に対し土地区画整理法(以下「法」という。)一〇四条により同人所有の本件宅地の換地に伴う清算金債権一五九万四七二六円を有していたところ、上告人は、昭和五四年一〇月一日同人の債権者として右清算金債権に対し差押・転付命令を得た、(2) 本件宅地について換地処分をした旨の公告があつた昭和五四年二月二八日当時、本件宅地については不動信用金庫外一名を根抵当権者とする根抵当権が設定され、その旨の登記が経由されていた、(3) 土地区画整理事業の施行者の大阪市長は、右根抵当権を有する債権者から右清算金を供託しなくてもよい旨の申出がなかつたので、昭和五四年一二月一四日法一一二条により右清算金一五九万四七二六円を、被供託者を土地所有者上島養親男又は根抵当権者不動信用金庫外一名として、大阪法務局に供託した、というのである。

ところで、法一一二条一項は、施行者は、施行地区内の宅地について清算金を交付する場合において、当該宅地について抵当権等があるときは、抵当権等を有する債権者から供託しなくてもよい旨の申出がない限り、右清算金を供託しなければならない旨定めているが、その趣旨は、右のような場合、施行者が清算金を直接宅地所有者に払い渡してしまうと、抵当権等を有する債権者が事実上右清算金に対し物上代位権を行使することができなくなるおそれがあるので、右抵当権者等を保護するため、抵当権等を有する債権者から供託しなくてもよい旨の申出がない限り、右清算金を供託しなければならないことにしたものであるから、その反面として、宅地所有者は、施行者に対し直接右清算金の支払を請求することができず、単に施行者に対し右清算金を供託すべきことを請求しうるにすぎないものと解するのが相当である。そして、清算金債権の右のような内容及び効力は、右債権が譲渡等により宅地所有者から第三者に移転しても異なるものではなく、宅地上に抵当権等を有する者があらかじめ物上代位権を行使して差押えをする以前に右の譲渡等が行われた場合においても、これにより右債権の移転を受けた者において施行者に対し直接清算金の支払を請求することができることとなるわけのものではないというべきである。してみれば、前記事実関係のもとにおいて、上告人が上島養親男の被上告人に対する前記清算金債権について差押・転付命令を得たとしても、これによつて被上告人に対し直接右清算金の支払を請求することができるものではないものといわざるをえない。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず、又は右と異なる見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人宅島康二の上告理由

第一点 原判決は、大審院の判例(大正一二年四月七日民事連合部判決大正一二年(オ)第三九号、昭和五年九月二三日決定昭和五年(ク)第八四四号)に違反して、民法三〇四条一項、土地区画整理法第一一二条一項の解釈並に適用を誤つている。

(一) 原判決は、本件において土地所有者は施行者に対して直接清算金の支払を求めることができず、清算金の供託を求めうるだけであるから上告人が転付債権者として被上告人に対し直接この支払を求めることはできないと判断している。

しかし、供託は、債務者が債権者のために弁済の目的物を供託所に寄託してその債務を免れる制度であるから、その供託が有効であるためには、その前提として供託者が被供託者に対して直接金銭の支払義務がなければならない。

従つて直接支払う義務がないのに、供託もあり得ない。

(二) 原判決は、土地区画整理法第一一二条一項に「供託しなければならない」とある立法趣旨は、清算金が直接に土地所有者に払渡されてしまうと担保権者が事実上物上代位権を行使できなくなるので担保権者が物上代位権を行使できるようにするため、これを土地所有者に支払わずに供託させることにした旨判断している。

この見解に従うと、施行者から所有者に対する直接の支払いも清算金の譲渡も無効ということになる。

しかし、同法の文言から右のように解釈することはできない。同法は、清算金につき供託原因を定めたに過ぎない。すなわち物上代位権者があるというだけでは、本来供託原因はないのであるが、同法によつて供託原因が生じるのである。また、「供託しなければならない」という規定によつて施行者の土地所有者に対する清算金の支払債務が、供託をする債務、いわゆる「為す債務」に変化するというのは理由のないことである。

この規定は、供託を促すという趣旨のものである。

(三) 前示大審院の決定は、耕地整理法による土地区画整理において抵当権が設定されている土地の所有者が補償金債権を供託前に他に譲渡したのを有効とした事案であるが、耕地整理法二五条一項は、土地区画整理法一一二条一項と同趣旨の規定である。

(四) 民法三〇四条一項には、物上代位権を行使するためには、その請求権を払渡または引渡前差押することを要すると規定してあり、この規定の解釈につき、前示大審院の判決は、物上代位権者自らが差押しなければ、その請求権に対して優先力を保全することはできない旨判断している。

(五) 右大審院の判決をもとにして考えると、本件においては清算金に対し物上代位権者からの差押はなく上告人が最初に差押・転付命令を得たのであるから、清算金債権は上告人に移転しているのである。従つて、以後物上代位権者は差押しても代位権を行使することはできないことになる。

そうすると、法一一二条一項は、清算金に対して物上代位権者が代位権の行使ができることを前提としているのであるから、本件のように、物上代位権者があつても、前記の理由でその代位権の行使ができなくなつた場合は、もはや本件清算金につき供託原因はないというべきである。

よつて、被上告人の本件供託は、供託原因がなく、且つ債権者でなくなつた訴外上嶋養親男や、物上代位権の行使ができなくなつた訴外大阪府中小企業保証協会や同じく訴外不動産信用金庫を被供託者としてなしたものであるから、無効の供託であり被上告人の供託の抗弁は理由がない。

第二点 原判決には理由不備若しくは理由齟齬の違法がある。

(一) 原判決は、当事者の主張を第一審判決事実摘示のとおりとしており、第一審判決の事実摘示は、上告人の請求原因と被上告人の抗弁として、本件清算金は供託により履行済みである旨、更にこれに対する上告人の反論たる供託の無効とから成つている。

そして、原判決は、上告人の請求原因たる事実を認め、更に被上告人の抗弁事実を認めて、請求を棄却した第一審の判決を相当とし、その理由として「転付債権者は、差押転付命令が有効な場合、執行債務者が第三債務者に対して有していた債権をそのまま承継して取得するものであるから、上嶋養親男が被控訴人に対し直接に本件清算金の支払を求めることができない以上控訴人も転付債権者として被控訴人に対し直接この支払を求めることはできないものであり、従つて本件転付命令や供託の効力について判断するまでもなく、控訴人の被控訴人に対する本件支払請求は理由がない」旨判断している。

(二) しかし、原判決の右判断は論理的矛盾がある。

即ち、上告人の本件請求は、転付命令に基づくものであるから第一に転付命令の効力について判断されなければならない。なぜならば転付命令が無効であるから、供託の事実やその効力につき判断するまでもなく本件請求は理由がないからである。

ところが、「転付命令の効力について判断するまでもなく」としながら、供託の事実を認定して抗弁を認容している。これは論理的矛盾であり、理由不備というべきである。

(三) 更に、原判決は、次の点で理由不備である。

原判決は、被上告人の抗弁たる供託の事実を認容しているのであるが、しかし上告人は右供託は原因を欠き、被供託者を誤つたものであるとして、その効力を争つているのであるから、右抗弁を認容するためには、供託が有効でなければならないのに原審は「供託の効力につき判断するまでもなく」としている。

(四) 本件訴訟においては、本件転付命令が有効であるか否か、そして転付命令後の供託が有効か否か、更に土地所有者を被供託者とした供託が有効か否かが最大の争点であるのに原判決はそのいずれについても判断を示していないのである。

これは明らかに理由不備若しくは理由にくい違いがあるというべきである。

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